2005年09月15日

(おまけ):アフガニスタン建築話

最後の最後に、私がアフガニスタンで携わった建築分野についての話をしようかと思います。

そもそも、NGOで建築?という声も多そうな気がします。なかなか日本ではイメージはつきにくいかと思います。
でも、例えば欧米の建築家の中には、「社会」に対して関心を持ち、建築設計を通じて社会問題と向き合う方も大変多いです。
例えば、イギリスの悪名高い学校の改築を担当した建築家チームが、建築から学校を生まれかわらせようとした有名なプロジェクトもあります。

私ももともとヨーロッパで建築をさくっと勉強していたこともあり、そうした「建築が社会にできること」について現地で影響を受けました。
私が衝撃を受けたのが、『Architecture for Humanity』というUSの団体です。「建築は家のない人にこそ必要なものだ」というメッセージには、私もとても共感しています。


私が、アフガニスタンで一番勉強になったのが「自然の素材の強さ」です。
実際にアフガニスタンではUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)をはじめ、SFL (Shelter for Life Interntational)などの多くのNGOが現地で建築プロジェクトを行っておりました。
彼らのプロジェクトのすごさは、やはり徹底した「現地の素材・伝統の尊重」でしょう。
特にUNHCRに関しては、さすが国際機関といったところでしょうか。プロジェクトにおいて、現地の伝統的な日干しレンガのスタイルを採用し、現地の方々に自分たちで家を作ってもらう手法を行っていました。
(資料などに目を通すと、UNHCRは優秀な建築の専門家が多いみたいです。私も一度中で仕事してみたいなぁ…)

ある宮大工さんの言葉に「本物の建築は何百年と建っているもの」と聞いたことがあります。アフガニスタンでプロジェクトを成功させた上記の団体は、現地の素材が結局その土地に一番合った物だと理解していたのでしょう。私の団体のアフガニスタンでの建築プロジェクトは結局中止となりましたが、私はこの部分が一番の不成功要因だったような気がします。

最近は鉄筋コンクリートばっかりの日本を離れて、天からの素材の強さ・すばらしさをアフガニスタンで感じました。
帰国後、私は日本の伝統建築を少し知りたくなりました。
今は『木のいのち木のこころ』って本を読んでます。日本で建築勉強してない私は結構衝撃受けてます…



国際協力に求められる分野と言うのは、医療や食料、教育といった主だった分野だけでなく、言うなれば全ての分野(建築ももちろん含めて)が必要になると私は考えます。
国際分野に限らず、私たちがみんな社会の問題に目を向けて、自分のできること・やりたいことをしてもらいたいなと願ってます。
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2005年09月10日

日本よりアフガニスタンへ

ようやく日本に帰国しました。
台風のせいで飛行機が変更。イラン→カタール→タイ→日本と計24時間に及ぶフライトでした。
途中カタールのドーハでは、乗り継ぎ時間が20分という無茶なスケジュール…本気で飛行機止めました。

まあ今まで海外は何度も行ってるので、特に日本に帰国しての特別な感想はありません。
しいて言うなら、日本独特の窮屈さは帰国直後に一番感じます。

今回は、旅行ではなく仕事ということで、家に帰るなり会計のチェックや事務所への報告など、全然休めません。
しかも、日本を離れている間に貯まっていることがタップリと…しばらくはぐっすり眠れなそうにないです。


今回、アフガニスタンに行くという機会を得ましたが、なかなか貴重な経験をさせていただいたと思います。
正直、アフガンの未来は決して約束された明るいものではありません。厳しい環境や国際社会での出遅れなど、これからクリアしなければならない厳しい問題は山積みです。
そんなアフガニスタンの復興や国際協力の分野に少しでも興味を持ってくれる人たちが日本でも増えてくれればと期待しています。
もし、興味のある方には『アフガニスタン戦後復興支援』という本もでてます。一度ご覧くださいな。


最後にアフガニスタンに行って感じたことを1つ。
日本は本当に先進国なんでしょうか?
確かに日本は戦後に目を見張るような経済成長をとげ、世界有数のお金持ち国家になりました。
でも、それは経済だけ(しかも一部の業界での)の話です。今の日本を「お金が全て」なんて、言う人もいますが、確かに今の日本は経済一辺倒といえるでしょう。
では、はたして文化や芸術、政治はどうなのか?私はまっだまだ未熟な国だと思います。でも悲しいことに、経済の繁栄で身の回りに金と物が氾濫しているせいか、日本人は日本を全ての分野で世界の先進国と勘違いしているのではないでしょうか?

私はアフガニスタンで経済的な先進国の立場から仕事を行いましたが、同時に現地の文化や習慣にも様々な刺激を受けました。
個人的にも日本人としても勉強させてもらった国でした。


まあ、誰が読むともわからないブログだったので、妙に固い話が続きましたが、ブログではとてもいえないような裏ネタもいっぱい入手しました。
そんな「裏ブログ」は、また私と直接会うことがあれば、その時にでもお話したいと思います。

それでは、ワケのわからないブログでしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました!
これにて、アフガン・ブログは終了です。

ではでは!
posted by K at 11:35| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イラン

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帰国前にハプニングです。海外の宿命ですな。
日本の台風のせいで、日本行きの飛行機が飛ばず、出発地のイランで足止めです。

いつ飛ぶのかさっぱりわかりませんが、これもアラーの神のおぼしめしと思い、気長に待つことにします。

隣のアフガニスタンと国境を挟むとガラリと雰囲気が変わり、イランは中東有数の近代国家です。街の雰囲気は日本とさして変わりません。
古代ペルシャ王国にまで歴史がさかのぼり、政府・行政組織はとってもしっかりしています。
最近は何かと国際ニュースで取り上げられることがありますが、イスラム教シーア派の国として、イスラム国家の中でもアンチ・アメリカの姿勢を貫いている国です。

私の滞在するのは、イラン有数の大都市Mashhad。イランの国境であるイスラム教シーア派の総本山として、イラン中の信者が押し寄せます。
観光名所はやはり、シーア派の聖地であるImam Reza廟。中に入ってビックリですが、きんきらきんです!まぶしいです!
今まで仏教やキリスト教の厳粛な雰囲気の寺院は見ましたが、イスラムの寺院はまた独特です。

また観光地ぽいところが、Old Bazaar。歩けど歩けど出口の見えないとてつもなく長い通路に店が所狭しと並ぶ、イメージどおりの中東の市場です。
ここぞとばかりに土産購入。

と、観光は軽くこんなものでした。
うちのNGOは、Mashhadにも事務所があるので、基本的には事務所で仕事をやらないといけませんでした。
仕事マンはつらいです…
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2005年09月05日

お土産

先日、何気にカレンダーを見ると、

「9/6 日本帰国」

なんじゃこりゃー!?

私もあまりにこちらの生活になじみすぎて時間の感覚がマヒしているようですが、私のアフガニスタンでの仕事は今週をもって終わりです。
まあ短期スタッフで入ったので、一瞬のうちに滞在は終わるだろうなと思ってましたが、あまりのあっけなさにビックリです。
が、物思いにふけっている暇はありません。
昨日は事務所は休みでしたが、私は一人たまっている仕事の整理やアフガン出国の手配など、直前になってドタバタでした。

そして今日は、アフガン最後の日。日本人が帰国の前にやることといえば、みやげ買いです。
事務所の日本人スタッフ2人とお昼を外食し、そのまま中心街へ行きました。

当たり前な話ですが、アフガニスタンには今ほぼ全く観光客がいないので、絵はがきやらTシャツやら売ってるみやげ物屋が見当たりません。しいて言えば、骨董品系のお店になります。
てなわけで、そんなお店でみやげを探すことに。

どうも骨董品系は、本物と偽物の区別がつきません。遺跡から出土(盗難!?)したようなものから女の子が好きそうなアンティークなアクセサリーなど、ところせましといろんなものが並べられています。
アフガニスタンのお土産で有名なものに、Lapis Lazuliと言うものがあります。日本語に直せば、青金石。アフガニスタン固有の青い宝石のような石です。
アフガンの特産物ということで貴重なものかなと思いきや、店に入ると足元に転がっています。
どうもこういうものは値段の相場がわかりません。とりあえず、店員に値段を聞いて値下げ交渉をしてみます。

あっさり半額。

本当に貴重なものなのか?

とりあえず、これとアンティークな指輪を土産にします。


アフガン最後の晩餐はケバブ。飯の最中に停電というお約束どおりの最後のオチまでついてました。

感慨にふける間もなく、明日はイランへ向けて出発です。
アフガンで行方不明になった日本人2人の遺体がアフガンで見つかったニュースは聞いています。
そんなニュースを聞くと物騒な国境へ行くのがこわくなりますが、とりあえずがんばっていきます。
イランの滞在時間1時間の間に観光地に行って写真をとるという典型的な日本人観光客コースも最後に待ち構えています。

無事に国境を渡れば、おそらく次回日本から最後のメールを送ることになると思います。
それでは、また!

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2005年09月02日

イスラム式結婚式

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昨日・今日と、昼間に現地スタッフの親戚の結婚式(のパーティー)に呼ばれました。こっちの結婚式は初めてです。

パーティー会場に行くと、そこにはたくさんの人がところせましと座りこんでいます(こちらも日本と同じく入口で靴を脱ぐ習慣なので)。
まあパーティーの会場なので、にぎやかです。

っていうかうるさい!

前にDJらしき若者がおり、特大スピーカーから最大ボリュームでアラビアンなアッパー系サウンドがガンガン鳴り響いています。
まさに真っ昼間のクラブ。

この国はイスラムの国なので、男と女は別になります。よってパーティー会場も男女別。
私のいた会場は、会場の端から端までひたすら男。
音楽にあわせてなまめかしいアラビアン・ダンスをするのも男。
それに拍手喝采するのも男。
まさに男祭り。

ガンガンな音楽&一部踊りを見た後は、昼ごはんです。次から次へと食事が運ばれてきますが、中身はナンと米とケバブ。
もはや音楽なんぞ関係ありません。
ひたすら食事に喰らいつきます。

で、ご飯が終わると、みんな立ち上がり、そそくさと帰っていきます。
わかりやすい。

おみやげにこっちのお菓子までもらいました。

どうやらこの国の結婚式はとっても金がかかるようです。最近日本では地味婚なんて言葉もありますが、そんなかけらもありません。

でも、結婚式以前に私が個人的に疑問なのは、
女の人が外で顔を隠してるアフガン社会で、どうやって男と女が知り合えるのか?
謎です。



今日の午後は、8月の頭に訪れたKhoja Sarbour村に行きました。
村は完全に秋。秋どころか村に吹き付ける風は
北風。

冬の訪れを先取りです。
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イスラムの潮流

image/afghanistan-2005-09-02T19:01:17-1.jpg
本日ひさしぶりに自分のブログを見ましたが、レスを入れてくれた皆様、ありがとうございます。
普段はメール投稿なものでなかなか返事がかけないですが、見させていただいてます。


さて先日、現地スタッフの日本人スタッフの間で宗教についての話が出ました。
現地スタッフの1人は熱心なイスラム教原理主義者(過激派じゃないですよ)。いろいろ興味深い話を聞けました。

今世界が抱える問題の1つが中東の問題。特に9.11以降世界中で問題になってます。
でも、よくよく考えてみれば、イスラエルのユダヤ教も、欧米のキリスト教も、中東のイスラム教も、歴史をたどれば1つの原点にさかのぼれます。
つまり、3つの宗教とも神様は同じ。
でも、同じスタートから歩み始めた宗教たちが今互いに対立しあっています。変な話です。

でも、現地スタッフの彼に言わせれば、「イスラム教はキリスト教もユダヤ教も認めている。あいつらがイスラム教を認めないんだ。」とのこと。

少し現地にいて感じることですが、イスラムの社会は私たちの社会とは違います。社会のあり方、世界の見方、宗教観…
考えてみれば、世界で唯一「アメリカ嫌い」と堂々と宣言している国って、イスラム教国家のイランぐらいでしょう。

よく「話せばわかる」なんて言葉がありますが、私にはこの宗教の認識の壁は、そんな生易しいものには見えません。
自分たちが自分たちの物差しだけで相手を見ているうちはいつまでたっても問題は解決しないでしょう。
お互いがお互いをもっと知るということで初めて友好への第一歩が開けるのではないでしょうか。

話の最後に現地スタッフがこんなことを言ってました。
「世の中は近い将来絶対に変わる。だって、こんなスピードでいつまでも世の中が進むなんて考えられないから。」
私も、イスラムのこういう考え方に同感でした。
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2005年08月30日

仕事をしていて思うこと

本日事務所兼住居の冷蔵庫が壊れました。
冷蔵庫なしの生活になりましたが、別にいいやと思うようになったのは、アフガン暮らしに慣れたせいでしょうか…


現在、私のNGOでは教育関係と農業関係の事業をアフガンで行っています。が、当の本人はここ数週間ひたすら事務所でパソコンとにらめっこです。
まあ、NGOも千差万別ですし、同じNGOでも事業地によってスタイルが変わりますが、うちのアフガン事務所では、基本的に日本人スタッフは、日本の本部との連絡&調整と現地での活動の報告など、事務所内でのPC作業がメインです。
おかげさまで、私のWord、Excelスキルもかなり上達しました(笑)

いい言葉で言うと「コーディネーター」、悪く言うと事務作業員なのですが、個人的にはこの仕事をそれほど苦痛に感じてません。
世の中の仕事マンはSpecialistとGeneralistに分かれるようですが、私は後者のような気もします。

でもやっぱり外にも出れず、ひたすら屋内にこもっているのはイヤです。
どうやら私のエネルギーは今完全に食べるところへ集中してます。ひさしぶりに太り気味です。

せめて気軽に散歩ぐらい行きたい…
私のアフガニスタンでの唯一の不満です。
posted by K at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月29日

君子危うきに…


先日、アフガニスタン南部で日本人が行方不明になったそうです。
前にアフガン観光の話をしましたが、どうやら隣国パキスタンやトルクメニスタンあたりでは、普通に国境でビザが取れるようです。

うちの日本人スタッフに聞きましたが、例えば今イラクでも国境でビザを取ろうとすれば、取れるらしいです。
まあバックパッカーは、基本国境でビザ取りですもんな。

そういえば、入国禁止のはずのリビアやアルジェリアなどに入ってウロウロしたというバックパッカーの話も聞いたことがあります。
本人は自慢げに話してましたが、正直それは勇気ではなく無知でしょう。

今、アフガニスタンで滞在してわかることですが、アフガンでは毎週のようにテロや殺人事件が各地で起こっています。テレビの国際ニュースだけが全てではないということです。
情報が少ないと錯覚してしまいますが、危ないところはやっぱり危ないのです。

このブログを読んでる方の中には、これからアフガンのような治安のあまりよくないところに行く(行きたい)という人もいるかと思います。
偉そうに行くなとは言えませんが、できる限りの危険情報(外務省のとかも)を事前に知って、無茶は絶対にしないでください。


最後になりましたが、行方不明のお二人のご無事を同じアフガニスタンより願っております。

posted by K at 18:46| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

裏ルート

日本はまだ残暑が厳しい頃でしょうか?でも暑いときの生ビールはまた格別ですな。

唐突な出だしですが、私がこちらにきてご無沙汰のものがあります。酒です。
実はイスラム教では、お酒が禁止されています。お隣のスーパーイスラム教国イランはもちろん、ここアフガンでもお酒はご法度です。

ところがどっこい、ダメと言われると余計にやりたくなるのが人間の性のようで。闇ルートではあのイランでさえ酒が出回っています。
うちの事務所にも前に現地スタッフが買ってくれた赤い酒があります。

このアフガンではお酒以上にひどいものが出回っています。それは麻薬です。このアフガン麻薬は近隣のアジア諸国へ出回り、結構重大な問題になっています。
そういえばハシシュって言葉は元々アラビア語から来ているそうで、となるとこのあたりの麻薬の歴史は古いってことでしょうか?
私もよく田舎の村などを訪ねますが、たまに思いっきり畑に大麻(っぽいの)が育ててあったりします。
手っ取り早く稼ごうと思ったら、そういった栽培を思いつくのでしょうかねぇ。

昔何かでマリファナはタバコよりも体に害は少ないなんて話も聞きましたが、どっちも体に悪いので撲滅しないといけないでしょう。
代わりに私たちがきちんとお金のできる農作物を技術伝播しなければいけませんな。


ちなみに初めの酒の話になりますが、うちの事務所の冷蔵庫の上に「命の水」なるものが厳重に保管されています。
ぱっと見はエビアンに入った水のボトルたちですが、
ふたを開けると

焼酎と
日本酒の
においが

でもやっぱり「命の水」のようです(笑)
posted by K at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月26日

アフガニスタン観光計画

image/afghanistan-2005-08-26T12:18:28-1.jpg
ただ今、田舎の村の農業関連プロジェクト・経済省への書類書き・次4半期予算案作成と、いっちょ前に仕事をかかえて奮闘しております。
少し軌道に乗り始めたのか、仕事が少し楽しくなった感もあります。


さて、たまにアフガニスタンへ行ってみたいという話をいただくのですが、はたしてアフガン観光はどうなのか!?ちょっと考えてみました。

基本的にアフガニスタン入国にはビザが必要(だと思います)。私の場合NGOスタッフなのでWorkerとしてビザを入手しましたが、はたして今観光ビザがおりるのかどうかは全くわかりません…治安を考えると観光ビザはおりていない気がしますが…

私個人的に思うのですが、今のアフガニスタンは間違いなく現地人の助けがないと何もできないと思います。実際に私がイランからアフガンに入国したときは、国境に現地スタッフのアフガン人(英語○)が来ていたのでよかったのですが、アフガン入国審査所のおっさんは英語どころか算用数字さえ読めてませんでした(こちらではアラビア数字を使うため)。間違いなく彼がいなければ入国できてません。

私の滞在するHeratをはじめ、おそらく首都のKabulやKandaharなどの大きな町はUNをはじめ、各団体&みなさんの寄付の成果もあり順調に復興が進んでいます。
もし、アフガニスタンの戦乱の傷跡に興味があるのなら、町から離れた田舎の方になると思いますが、いかんせん交通がありません。私たちの場合は現地スタッフ&事務所車を使ってとんでもない田舎まで行ってますが…
今のところはどう考えてもアフガン人がいなければ、リアルなアフガンを体験することはできないかなと思います。

まああと何年かたって、治安が落ち着く&交通が便利になると、ぜひ一度訪れてみてはと思います。
個人的には非常に気に入ってる国ですよ。
posted by K at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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